ポアンカレによると、宇宙にロープのついたロケットを飛ばして、それを手繰り寄せることができれば、宇宙は丸いんだそうです。
それを数学的に証明するのに、百年の月日がかかったんだとか。
宇宙の形、僕は勝手に風船のようだと想像してますが、ロープの例えを風船の縁に例えると、ますます風船のような気がしてきました(笑)
きっと神さまがくわえている、クラインの壷のような風船じゃないかと思ったりしています。
しかし、宇宙の丸いことを観測出来る可能性?を証明したペレリマン博士、ずいぶんややこしいことを考えたなあと思いますが、なんで失踪しちゃったんですかね?
自分が与えた打撃を考えたのかな?
他に理由もある気がするんだけど。
あれかなあ?
人の理論の後追って、解決したことに良心の呵責を感じてるのかもしれない。
八つの形にどうとかいうことが、パクリなのかどうか知らないけどね。
しかし、見つけた真理が不幸をもたらすなら、どっかおかしいんじゃないかとも思うんだけどなあ。
迷路の出口を探すには、何かの壁に手を当てて、それを離さずにずっと歩きつづければいいのに!
宇宙や世間を人間ははそうやって歩くもんです。
正義を貫いたり、正直に生きたりね。
そうすれば、出口は見つかる。
勘定、誤魔化したりしたら、迷路にはまるんだよ。
たとえば、グーグルがどんなに馬鹿(笑)でも、どんなしょうもないサイトへの案内もするなら、その大きな器量の一点で、神へとつながったりもするとかね。
利用者から見ると、リアルネタだけにしぼってくれた方がいいという気もしますけどね。
しかし、宇宙の形にそれほどこだわる必要も無い気がするんだけどなあ。
でも、数学者の皆さんに言いたい。
数学なんていうのは定規の目盛のようなもの。
定規の目盛も、多くの自然に当てがってこそ、その真価を発揮する。
机の上や、パソコンの中、自分の頭の中だけで考えないで、自然に触れて人に触れて、普通に暮らせば、その辺から答えが見付かったりもすると思う。
なにせ、ニュートンだって、りんごの御世話になったんだからさ。
一人で考え込んでもしかたないって。
あんまり、要望も必要も無いことをやろうとしたって、なかなかうまくいかないもんですよ。
三角測量法の発明みたいな仕事をすればいいんではないかと思いますよ。
巡回セールスマン問題とかでいいんですよ。
いろいろと他人のやったことをつついたりすることが多いんでしょうが、人の歩いた轍よりも、もっと豊かな答えを自然や社会は提供してくれるんじゃないでしょうか?
僕はそう思いますよ。
いやあ、学者に比べると、エンジニアなんてのは、楽で幸せな商売!ですよね。



